ニュースリリース News Release
世界初、ヒト初代免疫細胞に“一次繊毛”を発見
皮膚免疫反応における機能を明らかに
~一次繊毛に注目した皮膚疾患の治療薬やスキンケア剤などへの応用に期待~
【研究成果のポイント】
◆ 世界で初めて※1、ヒト初代免疫細胞※2に一次繊毛が存在することを発見
◆ 一次繊毛は哺乳動物の細胞表面に突出した細胞小器官で、細胞内外にシグナルを伝達するアンテナのような機能を有しており、これまでヒト初代免疫細胞に存在するのかどうかについては明らかになっていなかった
◆ 一次繊毛はアレルギー性因子によって増加すること、実際にアレルギー性の疾患において一次繊毛を持つ免疫細胞の数が増えることを発見
◆ アトピー性皮膚炎や乾癬などの炎症状態の皮膚の表皮角化細胞においても、一次繊毛を持つ細胞の数が増加することから、一次繊毛が皮膚免疫反応に関与することを明らかにした
◆ 一次繊毛の免疫応答における機能の解析を進めることで、炎症関連疾患のメカニズムの解明、一次繊毛に注目した新しいアプローチの抗炎症剤、皮膚疾患の治療薬、スキンケア剤などへの応用に役立つことが期待される
概要
大阪大学大学院薬学研究科 先端化粧品科学(マンダム)共同研究講座の藤田郁尚招へい教授、元国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN(ニビオン)) モックアップワクチンプロジェクト 招へいプロジェクトリーダー 石井健教授(現在 東京大学医科学研究所 感染・免疫部門教授)、名古屋市立大学 医学研究科 森田明理教授の研究グループは、世界で初めてヒト初代免疫細胞に一次繊毛と呼ばれる細胞小器官が存在することを発見しました。
一次繊毛は哺乳動物の細胞表面に突出した細胞小器官で、細胞内外にシグナルを伝達するアンテナのような機能を有しています。これまでヒト血液から直接採取した免疫細胞に存在するのかどうかについては明らかになっていませんでした。
今回、本研究グループは、ヒトの血液から取り出した初代免疫細胞に一次繊毛が存在することを世界で初めて観察することに成功しました。また、免疫の司令塔である樹状細胞をアレルギー性因子で刺激すると一次繊毛を持つ細胞の数が増加することを見出しました。さらに、アトピー性皮膚炎や乾癬などの炎症状態の皮膚の表皮角化細胞においても一次繊毛を持つ細胞の数が増加することから、一次繊毛が皮膚の炎症の制御に関わることを明らかにしました。
一次繊毛の免疫応答における機能の解析を進めることで、炎症関連疾患のメカニズムの解明、一次繊毛に注目した新しいアプローチの抗炎症剤、皮膚疾患の治療薬、スキンケアなどの炎症に関わる産業分野への応用が期待されます。
本研究成果は「Frontiers in Molecular Biosciences」誌に2023年4月26日、「Experimental Dermatology」誌に2021年1月17日に掲載されました。
研究の背景
一次繊毛は哺乳動物の細胞表面に突出した細胞小器官で、細胞内外の情報を伝達するアンテナのような見た目と機能を持っています。
一次繊毛は1867年に初めて観察されましたが、機能の解明はほとんど進んでいませんでした。20世紀後半になって、一次繊毛が欠失すると内臓逆位、多指症、腎臓や肝臓の機能異常などの重篤な遺伝病になるなど、生体にとって重要な役割を担っていることが明らかになり、注目が集まるようになりました。その後、顕微鏡の発達と共に一次繊毛に関する様々な研究が国内外の研究機関で進められてきましたが、これまでヒト初代免疫細胞における一次繊毛の存在は全く知られていませんでした。
研究の内容
本研究グループでは、ヒト血液から直接、初代免疫細胞を取り出して観察を行いました。高解像度で観察可能な電子顕微鏡により、一次繊毛、およびその特徴である微小管をはっきりと観察することに成功しました(図1)。この画像は、世界で初めてヒト初代免疫細胞に一次繊毛が存在することを証明した画像になります。
また、ヒト血液から採取した免疫の司令塔と呼ばれる樹状細胞を用いて、一次繊毛の機能を調べたところ、アレルギー性因子(GM-CSF)の刺激により一次繊毛を持つ細胞の数が増えることが明らかになりました(図2)。さらに、喘息やアトピー性皮膚炎に罹患している場合、一次繊毛を持つ免疫細胞が顕著に増加していることも見出しました。
本研究成果が社会に与える影響
炎症は様々な病気と関わっています。しかし、炎症を制御するメカニズムは、未解明の部分が未だ多く残されています。本研究により、ヒトの血液から直接取り出した初代免疫細胞において一次繊毛が発見され、それが免疫応答に関わることが明らかになりました。今後、一次繊毛の免疫応答における機能の解析を進めることで、これまで原因が分からなかった炎症関連疾患のメカニズムの解明が進み、一次繊毛に注目した新しいアプローチの抗炎症剤、皮膚疾患の治療薬の開発や、スキンケアへの応用が可能になると考えられます。
特記事項
本内容は以下の学術誌に2023年4月26日(Frontiers in molecular Biosciences)、2021年1月17日(Experimental Dermatology)に掲載されました。
Frontiers in molecular Biosciences
タイトル:Dendritic cell proliferation by primary cilium in atopic dermatitis
著者名:Manami Toriyama, Defri Rizaldy, Motoki Nakamura, Yukiko Atsumi, Michinori Toriyama, Fumitaka Fujita, Fumihiro Okada, Akimichi Morita, Hiroshi Itoh, Ken J Ishii
Experimental Dermatology
タイトル:Increase in primary cilia in the epidermis of patients with atopic dermatitis and psoriasis
著者名:Defri Rizaldy, Manami Toriyama, Hiroko Kato, Runa Fukui, Fumitaka Fujita,Motoki Nakamura, Fumihiro Okada, Akimichi Morita, Ken J. Ishii
なお、本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業19K17797(皮膚恒常性維持における一次繊毛の機能解析)の一部助成を受けて実施されました。
用語解説
※1 世界で初めて
2023年6月現在、Pubmed(米国立医学図書館が提供している医学・生物学分野の代表的な文献検索システム)にて、学術文献・学会抄録35,772,281件を対象に調査し該当なし(マンダム調べ)
※2 初代免疫細胞
生体組織から直接取り出した免疫細胞のこと。本研究では、ヒト血液から直接採取した。
本件に関する問い合わせ先
<研究内容に関すること>
・大阪大学 大学院薬学研究科 先端化粧品科学(マンダム)共同研究講座
招へい教授 藤田郁尚(ふじたふみたか)
TEL:06-6105-5785 FAX:06-6105-5785
E-mail:fujita-f@phs.osaka-u.ac.jp
・大阪大学 大学院薬学研究科 教授 藤尾慈(ふじおやすし)
TEL:06-6879-8253 FAX:06-6879-8253
E-mail:fujio@phs.osaka-u.ac.jp
<報道に関すること>
・大阪大学 薬学研究科 庶務係
TEL:06-6879-8144 FAX:06-6879-8154
E-mail:yakugaku-syomu@office.osaka-u.ac.jp
・株式会社マンダム 広報部
大阪本社 酒井/奥田
TEL:06-6767-5021 FAX:06-6767-5045
E-mail:press@mandom.com
【薬学研究科 鳥山 真奈美 特任准教授(常勤)のコメント】
ほぼすべての細胞は一次繊毛を形成する能力を持つと示唆されていたものの、一次繊毛の発見から100年以上経った現代まで、免疫細胞は一次繊毛をもたないと考えられていました。しかし近年、自己免疫疾患やアレルギー疾患の発症と繊毛の機能異常との関連が報告され、一次繊毛の生理機能の解明がより広い研究分野で求められるようになりました。もしも皮膚の免疫細胞に一次繊毛があり、これが皮膚の恒常性維持に関わっていれば、これまでと異なるアプローチで皮膚を健康にするための技術開発が可能になると考えました。
本グループでは、一次繊毛の性質変化が皮膚角化細胞や、免疫細胞の一種である樹状細胞の成熟と増殖を制御しうることを見出し、一次繊毛の機能や数の適切な制御が、皮膚恒常性維持に寄与することが示唆されました。一次繊毛を制御する技術が開発され、皮膚炎症性疾患の発症機序の解明や治療法、または発症を予防する化粧品の開発の一助となることを期待しています。