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蚊に刺されても痛くないのはTRPチャネルのおかげだった!?
蚊の唾液が痛みセンサーTRPチャネルに作用していた
蚊に刺された瞬間に、痛いって思うことはほとんどないですよね。むしろかゆくなって初めて刺されたことに気づきます。なぜ痛みを感じないのか、その謎については、「蚊の針」が非常に細いからだと考えられています。蚊による穿刺(せんし)は「無痛性穿刺(むつうせいせんし)」といわれ、その構造を応用した痛くない注射針なども開発されています。
ところが、最近、新たな研究成果が発表されました。痛くない理由は針だけでなく「蚊の唾液」にもあったというのです。解明したのは生理学研究所や関西大学・富山大学の研究チーム※1。そして、その秘密は、蚊の唾液と私たちの体の細胞に備わったTRPチャネルが握っていました。
「蚊の唾液の中に、私たちが痛みを感じるTRPチャネルの機能を抑制する成分が含まれていました。そのため、私たちは蚊に刺されても痛みを感じにくかったのです」と生理学研究所の富永真琴教授は話します。
蚊は刺すときに多量の唾液を送り込んで……
日本のTRPチャネル研究の第一人者である富永教授は、長年蚊の針の研究を行っていた関西大学システム理工学部の青柳誠司教授の依頼を受け、4年前から共同研究を開始。蚊は、人や動物を刺したときに多量の唾液を出すことが知られていましたが、ここにこそ「痛くない秘密」が隠されているのではないかと「蚊の唾液」の研究を始めました。
私たちが痛みを感じるときには、体の細胞に備わったTRPチャネルが痛みを感知して脳に伝えることがわかっています。トウガラシの辛み成分・カプサイシンや43℃以上の熱さを、痛みとして感知するTRPV1(ブイワン)と、わさびを食べてツーンとした痛みを感じるTRPA1(エーワン)はともに痛みを感じるセンサーとして知られるTRPチャネル。そこで、蚊の唾液の成分と2つのTRPチャネルとの関係を調べたところ、「同時に両方のTRPチャネルの働きを抑えていたことがわかったのです」(富永教授)。
カギを握るシアロルフィン。鎮痛薬開発の可能性も
さらに、蚊の唾液の成分を調べたところ「シアロルフィン」というタンパク質が、TRPV1とTRPA1を同時に抑えることが判明。また、「蚊の唾液だけでなく、マウスの唾液もマウス自身の体にあるTRPV1とTRPA1の機能を抑えました。つまり、唾液中のシアロルフィンという成分が痛みセンサーの働きを抑えることで鎮痛効果があることが判明したのです。「私たち人間もそうですが、動物がケガをしたときに傷口をなめるのは、唾液によって痛みが抑えられることを無意識に知っていたのかもしれません」と富永教授。
富永教授によれば「今後、さまざまな動物の唾液成分を分析することで安全で有効性の高い鎮痛薬の開発につながる可能性がある」といいます。
蚊やマウス、はたまた人間の唾液の成分から、痛みを防止する湿布薬やスプレーなどが誕生する日は近いかもしれません。TRPチャネルは今後もさまざまな「謎」を解明したり、成分を特定したり開発するためのセンサーとしても大いに役立ちそうです。
ただ、蚊に刺されているときに痛くないのは蚊の唾液の成分によって「痛くないよ」と思わされ気づかないから。今後も蚊の「敵に知られず血を吸う作戦」から逃れる術はないものか、そちらも気になります。